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更新:2008-06-22 20:06:59

「殉国之塔」移設後初の慰霊祭

地元中学生も出席




花を手向ける警固屋中学の生徒たち


移設された「殉国の塔」


会式の挨拶をする三川保存会会長


移設を働きかけた横間フキエさん


挨拶に聞き入る出席者


読経の中で焼香


友を思う東京や松山からの出席者


1945年(昭和20年)6月22日午前、呉海軍工廠が米軍爆撃機B29、180機の大空襲で動員学徒や女子挺身隊、軍人等の殉職者476名霊を祀る「殉国之塔」が元の企業管理地から近くの公園内にこのほど移設され、きょう地元やその当時助かった関係者が出席して慰霊祭が行われた。


慰霊祭は、移転先の呉市警固屋1丁目の鍋山第一公園に地元4ヶ寺の仏教婦人会や当時の生存者など250名が出席して行われ、三川博三保存会会長が「これからはいつでも御参りできます」と挨拶し、読経の流れる中、出席者全員が線香を手向けて犠牲者の霊を慰めた。移設した慰霊碑は1965年(昭和40年)、呉市宮原13丁目に建立。移設前は、民間企業内の敷地のため自由に出入りができなかった。式典には警固屋中学校二年生も出席(9回目)して、花や千羽鶴を手向けて全員で「殉国の乙女に捧げる歌」を合唱した。出席者の中には、動員学徒で松山高等女学校から呉にきて友を亡くしたと云う81歳の女性3名が東京や松山から訪れて、手を合わせていた。







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